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大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)1533号 判決 1960年7月29日

控訴人 株式会社新宮テレビ販売

被控訴人 山城増盛

主文

原判決を取り消す。

本件臨時株主総会の決議の不存在及び無効確認を求める訴を却下する。

本件新株発行の無効確認を求める請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張は、

被控訴代理人において、

一、控訴人は、被控訴人が不存在又は無効であると主張する決議は、結局商法第二八〇条の二第二項に違反するにすぎないから、これに基く新株が既に発行されている現在、商法第二八〇条の二第二項に違反して発行された株式は無効でないということを前提として右株主総会の決議の無効確認を求める利益がないと主張する。しかし、商法第二八〇条の一五は、明らかに新株発行後六ケ月内に限り訴を以てその無効を主張できることを規定しており、同条は商法第二八〇条の二第二項に違反して新株が発行された場合を除外しなければならぬ理由は認められない。控訴人は、商法第二八〇条の二第二項に違反して発行された新株が無効でないことの理由として、株主に対する同法第二八〇条の一〇による株式発行停止の請求権、同法第二八〇条の一一による損害賠償請求権の附与、取引の安全等を挙示しているが、それらのことはいわゆる超過発行(商法第三四七条)その他すべて発行無効の場合に共通するものであるばかりでなく、かかることを根拠として発行後における無効の主張を阻止することができるとすれば、同法第二八〇条の一五の規定は空文と化するであろう。

二、控訴人は、法定の過半数又は特別多数(以下多数という。)を欠く株主総会の決議は無効でなく、商法第二四七条第一項後段の規定によつて取消の対象となるにすぎないと主張するが、多数決方式を採る株主総会において、「多数」の存在が最高度の重要性すなわち決議成立の要件であることはいうまでもない。そして、他の要件に欠缺のない限り、議決権行使の結果が「多数」に達すれば、可決的決議は自働的に成立するし、議決権行使の結果が「小数」であるときは、当然決議は不成立に終るものである。株主総会において行われている議長の「可決」又は「否決」のいわゆる「宣言」は、各株主の議決権行使の結果すなわち多数又は少数(可決又は否決)を確認し、これを単に報告するにすぎないものであつて、たとえ議長が故意又は過失によつて各株主の議決権行使の結果に反した「可決」又は「否決」の報告ないし宣言をしても、決議の成否を左右せしめる形式的効力を与える性質のものではない。議長にはかかる権能ないし権限はない。たとえ議長の宣言が決議成立の一要件であるとしても、前記のように最高度の重要性を持つ「多数」の存在はより以上に重要な成立要件であり、これを欠く以上単なる議長の宣言のみによつて可決的決議の成立するに由なきものと解する。法定の過半数又は特別多数を欠くときは、決議は不存在ないし無効である。控訴人は決議の成立態様すなわち手続に関する瑕疵を理由とする場合はすべて商法第二四七条第一項後段による取消のみの対象となるにすぎないと主張するが、取消の対象となるのみであるかどうかは、手続の瑕疵の軽重により決すべきであり、手続に著しい瑕疵があるときは、決議の不存在又は無効となると解すべきである。多数決方式を採る株主総会における「多数」の最高度的重要性及び本件株主総会における議決権行使の結果が強行法である商法第三四三条の要求する「多数」に著しく不足していることを考えると、本件株主総会の決議は不存在又は無効と解すべきである。

三、仮に新株式発行に関する議案に対する株主総会の決議が有効に成立したものとしても、又株主総会の決議の欠缺は新株発行の無効を来さないとしても、丸一電器販売株式会社は当時既に五〇株を所有する控訴会社の株主であつたところ、控訴会社は、右会社に新株を独占させるため虚無の功績に名をかりて縁故者すなわち株主以外の第三者の資格を偽装し、これに新株全部を発行したのである。すなわち、被控訴人が控訴会社の代表取締役在任当時各株主に平等に割り当てるべく新株の発行を各株主にはかつてみたが、玉田誠彦、中村佐、丸一電器販売株式会社らがこれに反対したため実施に至らず、被控訴人は代表取締役を辞任した。その後右の者らが相謀つて前記のような術策を弄し、控訴会社の株主である丸一電器販売株式会社に対し新株を独占的に発行したのである。このような新株の割当は違法であつて、本件新株の発行自体がいわゆる株主平等の原則に反する無効のものである。

と述べ、

控訴代理人において、

一、被控訴人が本件株主総会の決議の不存在又は無効の確認を求めるのは、それに基く新株発行の無効を主張するためである。しかし、被控訴人が不存在又は無効と主張する決議は、結局商法第二八〇条の二第二項に違反するにすぎないところ、これによつて、新株式が既に発行されている現在、後に述べるように商法第二八〇条の二第二項に違反して発行された株式は無効でないのであるから、株主総会の決議の無効確認を求める実益はない。従つて、本件株主総会の決議の無効確認を求める被控訴人の請求は、権利保護の要件を欠くものである。

二、商法第三四三条に違反してなされた株主総会は無効ではなく、取消の対象となるにすぎないことは、同法第二四七条第一項後段の規定によつて明らかである。商法は、株主総会の決議の瑕疵につき、それが決議の内容に関するものか、又は決議の成立態様すなわち手続に関するものかによつて区別し、前者を無効、後者を取消の対象とするという形式主議の立場をとつている。被控訴人が無効であるとする決議は、被控訴人の主張によつて明らかなようにその成立態様に関するものであるから、無効であるということはできない。

三、商法は、授権資本制度を採用し、その機能を充分に発揮させるため、新株発行を取締役会の権限に属せしめるのを原則とする。その限りにおいては、新株発行の際に考慮される株主の利益は絶対的なものとはいえない。ただ株主以外の第三者に新株引受権を与えるには、株主総会の特別決議に基く授権を必要とする。これは取締役が職権を濫用するのを防止するために設けられたもので、対内的な手続要件にすぎない。しかも商法は、株主に対して新株発行前において、不正な新株発行に対しその差止の訴を提起する権限を与えており、仮処分命令により容易に株式の発行を差し止めることができる。更に発行後においても、新株を発行した取締役及びこれに関係した新株引受人に対する責任追求の方法も認められている。これに対し既に発行された株式、すなわち譲渡、質入等自由になしうる状態におかれたものを無効とするときは、取引の安全を害すること甚だしい。両者を対比して考える時、株主総会の決議手続に瑕疵があるとするも、既に発行された株式は取引の安全上無効とすべきではなく、これに関与した取締役の責任が残るにすぎないと解すべきである。

と述べたほか、原判決の事実記載と同一であるから、これを引用する。

当事者双方の証拠の提出援用認否は、控訴代理人において、乙第五、第六号証を提出し、被控訴代理人において、右乙号証の成立を認めると述べたほか、原判決の事実記載と同一であるから、これを引用する。

理由

控訴会社が、テレビの販売修理ならびにこれに附帯する一切の業務を営むことを目的として、昭和三三年三月一〇日設立された会社で、その発行済株式総額は二〇〇〇株であること、被控訴人が控訴会社の株式六五〇株を有する株主であること、同年一〇月二日開催された控訴会社の臨時株主総会において、原判決添付第二号議案(以下本件議案という。)が審議され、同日作成された右総会の議事録に右議案が可決された旨の記載があり、右決議がなされたことを前提として同日控訴会社の取締役会が開催され、右取締役会が本件新株九〇〇株全部を縁故者である丸一電器販売株式会社に発行価額一株につき一〇〇〇円で引き受けさせる旨決議し、同月五日右会社に右新株全部を引き受けさせてこれを発行したことは、いずれも当事者間に争がない。

被控訴人は、本件決議は不存在であり仮にそうでないとしても無効であるから、その不存在又は無効の確認を求め、右決議が不存在又は無効であると確定されれば、既に発行済の新株は無効となるから右確認を求める法律上の利益があると主張し、控訴人は、被控訴人が不存在又は無効と主張する決議は結局商法第二八〇条の二第二項に違反するにすぎないものであつて、右決議により新株が既に発行されている現在右新株は無効ではないから、右決議の不存在又は無効の確認を求める実益がなく、右訴は権利保護の利益を欠くと主張するので考える。株式会社が株主以外の第三者に新株引受権を与えるためには、定款にこれに関する定がある場合でも、与えることのできる引受権の目的である株式の額面無額面の別、種類、数及び最低発行価額につき、商法第三四三条に定める特別決議に基く授権を必要とする(同法第二八〇条の二第二項)。元来商法は授権資本制を採用し、新株発行は商法又は定款に別段の定めのない限り取締役会の権限に属させ、資金調達の機動性を発揮させるとともに、取締役会の権限濫用を防止し株主の正当な利益を保護するため、株主以外の第三者に新株引受権を与えるには、株主総会の特別決議を要することとしたものである。取締役会がその権限を濫用し、特別決議を経ず、又は瑕疵ある株主総会の決議に基き株主以外の第三者に新株引受権を与える旨の決議をしたときは、株主は、新株発行前においては、右新株発行により株主が不利益を受ける虞のあることを理由として、会社に対し新株発行差止の訴を提起することができ(商法第二八〇条の一〇)、必要がある場合には右本案訴訟の提起前でも新株発行差止の仮処分を申請することもできる。又新株発行後においては、法令に違反して新株を発行した取締役及び不公正価格による新株引受人の責任を追求する方法も認められる(商法第二六六条第一項第五号、第二六六条の三第一項、第二八〇条の一一、第四九八条第一項第五号)等株主の権利行使の方法が定められている。株主総会の特別決議を経ることなく、又は決議の方法が法令又は定款に違反した瑕疵ある株主総会の決議に基き取締役会が新株を株主以外の第三者に引き受けさせることを決議し、株主以外の第三者に対し新株が発行された場合、その新株が無効とされるならば、株式を取得しようとする者は、株主以外の第三者に発行された新株と株主に発行された新株とを区別することが困難であるから、その会社に照会しなくてはならぬこととなり、取引の安全が著しく害されることとなる。以上のことを考え併せると、株主総会の特別決議がなく、又は特別決議に決議の方法が法令又は定款に違反する違法があつても、決議の内容が、会社の発行し得る株式総数を超えた株式の発行、定款で認めていない種類の株式の発行、定款で額面株式のみに限つている場合における無額面株式の発行等新株発行自体の無効原因があるのではない限り、既に右決議に基く取締役の決議により株主以外の第三者に対し発行された新株は当然無効にならないと解すべきである。被控訴人は、本件決議は不存在であり、仮にそうでないとしても、無効であるから、その確認を求めるというのであるが、被控訴人が無効原因であると主張するところは、後に説明するところにより明らかなように、結局本件決議の方法が商法第二八〇条の二第二項に違反するというに帰し、決議の内容が法令又は定款に違反する場合に当らないから、商法第二四七条第一項により決議取消の訴により決議の取消を求めるべきであつて、決議無効の訴の対象となるものではない。従つて、前示のように株主以外の第三者に新株が発行された(本件新株は、丸一電器販売株式会社に対し発行されたが、後に説明するところにより明らかなように、控訴会社の株主の地位においてでなく、控訴会社に功績のある縁故者としての同会社に対し発行された。)以上、前記理由により右新株は無効ではないのであるから、本件決議の不存在、又はその無効の確認を求めても何らの実益はなく、従つて、その確認を求める法律上の利益はないというべきである。被控訴人は、右のように解すれば、商法第二八〇条の一五の規定は空文となる旨主張するが、右規定によれば、新株の発行自体に前記のような無効原因がある場合に発行の日から六月以内に新株発行無効の訴を提起することができるものであるから、右規定の適用される場合は定められており、決して空文となつたものではない。右主張は採用することができない。そうすると、本件決議の不存在又は無効の確認を求める被控訴人の訴は、権利保護の利益を欠く不適法なものであつて、却下されるべきである。

新株発行無効確認の請求につき考える。成立に争のない乙第一号証、第二号証の一、二、原審証人清水明彦、引本敏夫、玉田誠彦の各証言を総合すると、昭和三三年一〇月二日開催された控訴会社の臨時株主総会において、控訴会社代表取締役中村佐が議長となり、本件議案を附議し、総株主九名が出席し(委任状による出席者を含む。)、その内中村佐外四名(この持株数合計一〇五〇株)が右議案に賛成し、被控訴人外三名(この持株数合計九五〇株)がこれに反対したところ、議長は賛成者が過半数に達したことにより本件議案が可決されたものと認め、その旨宣言して総会を終了したことを認めることができる。そうすると、前記株主総会は、本件議案につき過半数を以て可決したことが明らかであるから、右決議は存在するものというべきであつて、不存在であるということはできない。被控訴人は、本件議案は、特別決議により決議されることを要するところ、右決議は議決権の三分の二以上の多数でなされなかつたから、成立に至らなかつたのであり、たとえ議長が可決された旨宣言しても有効な決議とならず、従つて、右決議は不存在であると主張し、本件議案が特別決議により決せられるべきものであることは、商法第二八〇条の二第二項第三四三条により明らかであるが、特別決議によるべき事項につき過半数による普通決議の方法でなされたとしても、決議取消の訴による取消の対象となるにすぎず、被控訴人主張のように不存在であるということはできないし、右決議の瑕疵は、決議の内容が法令又は定款に違反するものではなく、決議の方法が法令に違反するにすぎないから、無効原因とはならず、単に取消原因となるにすぎない(商法第二五二条、第二四七条第一項後段)。従つて、右決議は被控訴人主張のように当然無効となるものではない。被控訴人の右主張はいずれも採用できない。

次に、被控訴人は、控訴会社代表者中村佐、丸一電器販売株式会社らが相謀つて、右会社に新株を独占させるため虚無の功績に名をかりて縁故者の資格を偽装し、控訴会社の株主である右会社に本件新株を独占的に引き受けさせ発行したのであつて、本件新株の発行は、株主平等の原則に反し無効であると主張するが、控訴会社代表者中村佐、丸一電器販売株式会社らが、被控訴人主張のように相通謀して同会社に本件新株を発行した事実を認めるに足る証拠はなく、かえつて、前示乙第一号証成立に争のない乙第三、第四号証、原審証人清水明彦、引本敏夫、玉田誠彦の各証言、弁論の全趣旨を総合すると、昭和三三年一〇月二日開催された本件株主総会において、議長中村佐は、本件議案につき控訴会社の設立当時から多大の功績のあつた者及び今後控訴会社の業務の運営につき協力体制を強化するため、記名式額面普通株式九〇〇株を発行し、これを縁故者にその引受権を与える、発行価格は一株につき一〇〇〇円とする旨新株発行の理由を説明し、本件議案を附議した結果過半数を以て可決されたとして、同日控訴会社の取締役会において、記名式額面普通株式九〇〇株、一株の金額一〇〇〇円、右九〇〇株を丸一電器販売株式会社に全部割り当てる、発行価額は一株一〇〇〇円、申込期日同年一〇月六日、引受のない株式は発行しない旨の新株発行に関する決議をした。丸一電器販売株式会社は、控訴会社の販売したテレビ台数の約六割ないし七割を売り捌いたのであつて、控訴会社に対し功績があり、控訴会社の五〇株の株主であつたが、株主の資格でなく、右功績による縁故者すなわち第三者の地位で同月五日右新株式九〇〇株の引受申込をし、控訴会社は右会社に対し右九〇〇株全部を発行したことを認めることができるから、控訴会社は一部の株主に本件新株全部を引き受けさせたのではなく、商法第二八〇条の二第二項により、第三者の地位における丸一電器販売株式会社にこれを引き受けさせたのであつて、このような場合は株主平等の原則に反するものということはできないから、本件新株の発行が株主平等の原則に反する無効なものであることを理由とする被控訴人の無効確認の請求は理由がない。

そうすると、本件新株発行の無効確認を求める被控訴人の請求は失当として棄却されるべきである。

以上と異る原判決は失当であつて、本件控訴は理由があるから、民訴法第三八六条により原判決を取り消し、訴訟費用の負担につき、同法第九六条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 熊野啓五郎 岡野幸之助 山内敏彦)

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